2015年2月28日土曜日

味園ユニバース


味園ユニバース
2015/日本 上映時間103分
監督:山下敦弘
脚本:菅野友恵
製作:原藤一輝
小川真司 他
製作総指揮:中村浩子
小竹里美 他
音楽:池永正二
撮影:高木風太

キャスト:渋谷すばる
二階堂ふみ
鈴木紗理奈
赤犬(本人役)

90点





”何も無いから、歌うしかない”





前作超能力研究部の3人から3ヶ月。
まさかこんなに短いスパンで山下監督の新作が観られるとは。
しかも今、テレビ東京では松江哲明監督とのダブル監督で「山田孝之の東京都北区赤羽」が放送中。
『超能力研究部の3人』直系の、山下監督の短編作品におけるフェイクドキュメンタリーが今なんと民放で見られると言う、山下監督ファンからすると今は正に歓喜の時。


赤犬とジャニーズが共演!?
おいおいどんな映画になるんだよ。と、事前の情報では全く見当が付かず。
とは言え山下監督のことだから心配は皆無。しかもここに二階堂ふみも加わって、味園の街でどんな化学反応を起こすのか。
期待に胸弾ませて初日に劇場へ。


渋谷すばる。
こんなに素晴らしい逸材がいたとは…!!
その魅力を引き出した山下監督の演出も冴え渡る。

山下監督、やっぱり巧い。







とにもかくにも渋谷すばるが素晴らしい…!!
これはいくら強調してもし過ぎることはないでしょう。
彼が素晴らしい。

面構え、表情、佇まい、歌。
元々が彼の歌が中心にあった当て書きなので当然と言えば当然なんですが、それを見事に演じきった彼の力は相当なもの。

何と言っても白眉は映画冒頭、野外ステージで「古い日記」を突然アカペラで歌い出すシーン。
彼の歌声が響き渡った瞬間の力強さ。歌声一発で物語を動かす圧倒的な説得力。
映画の中の客席に集まった観客同様に、映画を観ている我々も思わず聞き惚れて、何事かと静止してしまう感覚。
パンフレットで渋谷さん自身も気合いを入れ、山下監督も”力を持ちすぎたくらい説得力があった”と語っている通り、本当に素晴らしいシーン。
理屈ではなく、圧倒的な歌の力を見せつけるこのシーンのおかげで、映画全体が引き締まって見えますし、ラストに繋がる重要な説得力にもなってます。
本当に素晴らしいです。劇場で鳥肌が立ちました。


劇中でポチ男と名付けられる通り、絶妙な犬感も良かった。
カスミに命令されて働く姿は正にイヌ。
劇中のカスミとの関係を示す、これまた説得力のある佇まい。

パンフレットにて自分は演技のことはよく分からないなんて謙遜されてましたが、何の何の、これが自然に上手い。

記憶を無くした直後の何も分からずとぼとぼ歩いてる感じだとか、記憶が戻ってからの一瞬の豹変振り。冒頭と終盤で対になる鏡を覗くシーンの表情の変化なんて本当に素晴らしい。

渋谷すばる、ズバり逸材。
その魅力を引き出した山下監督の手腕、お見事。






新人俳優への演出力に定評のある山下監督。
有名なところだと『天然コケッコー』の岡田将生さんへのそれで、ほぼ演技経験の無かった彼からあの素晴らしい自然体な演技を引き出した監督の手腕の確かさ。
その後の『苦役列車』での前田敦子さんも正にそれだし、それが次作『もらとりあむタマ子』に繋がる訳で。

コメンタリーなり、過去のインタビュー記事を読むと、監督の頭の中には事前に考えてある演出プランがあって、それを元に撮影をしていくそうで、例えば『リンダリンダリンダ』の屋上シーン。自然な会話に見えて実はかなりテイクを重ねているし、『もらとりあむタマ子』の名パンチライン「少なくとも、今ではない」も、メイキングを観るとリハで何度も繰り返して撮ってることが確認出来ます。
もちろん作品によりけりですが、オフビートな作風でも演出はかなりガッチリ。昔は自分で演技をやってみせてもいたそうです。役者から不評で今は反省してやっていないそうですが。
それ程ビジョンがはっきりしている証拠。


で、今回の『味園ユニバース』
これが、脚本の段階で渋谷さんの当て書きだったので、演出も現場で詰めていったそう。
なので、演技と言うより、彼の歌声含めた身体性が際立つ演出が目立ちました。
前述の歌はもちろん、暴力的なシーンに見る殴り方とその表情だったり、ハンバーガーの頬張りかた等の食べ物の食べ方。
細々とした説明でなく、彼の歌と身体でグイグイ映画を引っ張っていく。
これはこの映画が音楽映画であるところの、細かい理屈ではなく、そこを越えた何かを訴える上で的確な演出。

同じ音楽映画である『リンダリンダリンダ』とはまた違ったアプローチ。
その結果も、しっかり10年分の進化が感じられる、引き出しの数が増えた感覚がしました。

山下監督、今だ進化してる。






山下監督のお得意の長回しも健在。
ポチ男の実力を確かめるカラオケでのシーンでの長回し。
段々と場の空気が変化していく様子を捉えた見事なシーン。
赤犬の面々がとりたてて盛り上がらずに各々練習に向かうのも凄く良い。

スイカの種を飛ばし合うシーンも同様。
段々と2人の距離が近づくのが空気として伝わってくる。
しっかり的確な長回しの使い方。

いつものロングショットも見事なもので、クライマックスのライブシーン。
『リンダ〜』と直接繋がる、盛り上がりから一歩引いたドライな視線。でもそれは優しさにも満ちていて。
『リンダ〜』であれば、あの体育館にいるみんなを映し出す優しい視線であったし、今作ならばそれはPA席の座るカスミの視線。
下手に盛り上げるよりも、音楽の力を信じて場を捉える。

このバランス感覚も本当に信頼出来るあたり。






初期の三作を筆頭に、山下監督作品には様々な”ダメ男”が出て来ましたが、今作のポチ男はその中でも頭抜けてクズ。
劇中でカスミが言うように、彼の今までの選択は全て間違いだらけで自業自得。
ただ今までの”ダメ男”と異なるのは、彼がそうすることでしか生きられない男だということ。彼にはああいった生き方しか出来ない。

記憶が戻った所で何も無い。もう無邪気でいられた”ポチ男”にも戻れない。
でも歌だけはある。じゃあ歌うしかないじゃない。

物語が結末に至っても、状況は何一つ解決されてはいません。
ただ、歌が鳴ってる瞬間は全てから解放される。
そして、曲が終わったその時、劇中全く笑わなかった2人が初めて笑顔を見せる。
そこで幕引き、エンドロールの切れ味。

自分はここに山下版『レスラー』的な物語を見ました。
ただ、もしあの時ラムジャムが決まって、ランディが照れ笑いを浮かべ、マリサ・トメイがその様子を見守る。
そんなラスト。






赤犬がシネコンのスクリーンに映っている奇跡。
「アンドロメダ大将軍」を聴くだけでも観に行く価値あり。

冗談はさておき、商業性を伴いながら、作家性も失わない。
本当に自信を持ってファンでいられるなと、今回改めて感じました。

大好きな映画です。


<あらすじ>
大阪のある広場で行われていたバンド「赤犬」のライブに、ひとりの男が乱入し、マイクを奪って歌い始める。その歌声に観客は圧倒され、「赤犬」マネージャーのカスミも興味を抱く。しかし、男は記憶喪失で歌うこと以外、何も覚えていなかった。カスミは男を「ポチ男」と名付け、赤犬のボーカルに迎えようとするが……。
映画.comより





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